003: おでん <後編>
リーゼが勝のために握ったおにぎりの他に足りないだろうからいくつか追加で握り、更に新たに具材をもって居間に戻る。たいした大きさの無い土鍋の中身は程よく減っていた。

先ほど入れられなかった具を足す。

はんぺん、練り物、厚揚げ…出汁がしみなくても食べられるものたち。

横目で勝達を見ればリーゼが先ほど握ったおにぎりの感想を求めていた。おにぎりの感想ねぇ。こりゃ勝も大変だ。

一方しろがねと言えば。

はふはふとおでんを食べつつも具に興味があるようで、バラせるようなものは見るも無残な姿に。まぁ、最後には綺麗に食べているからいいけどさ…

あぁ、そうだ、そうだ。すっかり忘れていたけど。

「しろがね、ワインでも飲むか?」

「ん?あるの?」

そう、買い物の時に白ワインとそのほかアルコールを何点か。

「白ワイン買っておいた。本当は日本酒の方が合うんだけどな。」

冷蔵庫でよく冷やしておいた白ワインをグラスに注ぎしろがねに渡す。それを見ていた勝もいいなぁ、僕も何か欲しいなぁとはじまった。冷蔵庫にビールやサワーもあるから自分で選んでくるように促した。

早速勝は冷蔵庫で物色して何本か缶を持ってきた。

「はい、これはリーゼ、これは僕。そして鳴海兄ちゃんはこれ。」

と、手渡されたのはビール。だから俺はアルコールがダメなんだって、と勝に返そうとすると。

「ね、鳴海兄ちゃん。これノンアルコールビールだよ。アルコールゼロ。もしかして気がつかないで買ってきた?」

ノンアルコール?単なる新商品かと思って買ったんだが。今はそんな代物もあるのか。確かに良く見たら「ノンアルコール」とデカデカと表示されていた。

「ノンアルコールなら鳴海兄ちゃんも大丈夫でしょ?雰囲気だけも楽しもうよ!」

そう言うと勝はニッコリ笑って俺にノンアルコールビールを手渡してきた。ご丁寧に口まで開けて。

ノンアルコール、と油断したのが運のつき。確かにノンアルコールビールのはずなのに?

手渡されたノンアルコールビールを缶でちびりちびりやりながら鍋奉行をしていた俺。そのうち勝が缶よりちゃんとグラスに入れたほうが雰囲気出ていいじゃん、とグラスに移してよこしたノンアルコールビール。

それがなぜかこんな醜態を晒す羽目になるなんて。



僕達は鳴海兄ちゃんお手製のおでんと共にお酒を楽しんでいた。ビールにも、白ワインにも良く合う、絶品のおでん。お酒も入り、僕達はしろがねの土産話に聞きいっていた。

そして。

「マ、マサルさん、何かナルミさん、オカシくないデスか?」

リーゼに言われて鳴海兄ちゃんを方を見ると。目が完全に座っている。ブツブツ言いながらおでんを箸でつついている姿があった。しろがねの方を見れば、あちゃー、って顔。そーっと僕達の方にやってきて。

「お坊ちゃま、もしかしてナルミにアルコール飲ませましたか?」

そう、いたずら半分にノンアルコールビールに普通のビールを半分くらい混ぜて鳴海兄ちゃんに渡した。でも、普通のビールよりずっと薄いビール。まさかこんな反応になるなんて。どのくらいで酔いつぶれて寝ちゃうんだろう、って軽い気持ちだったんだけど…

「ごめん。しろがね。さっき鳴海兄ちゃんに渡したグラスに半分くらい普通のビール混ぜてた…」

はあっ、と大きなため息。しろがねの眉間にきゅぅ、と皺がよって困ったような顔になった。

「ああなると障らぬ神に祟りなし、です、お坊ちゃま。暴れたりはしないんですが…」

と、しろがねがぽつぽつ話しだした。
しろがねの話によると、世界中を回っているとやっぱりコミュニケーションの手段として有効な「お酒」。しろがね自身はワインなら問題なく飲めるし、そのほかのお酒も量さえ注意すれば付き合い程度には飲める。けど。まったく飲めない鳴海兄ちゃんは多少でも飲めるようにならないか何度かチャレンジした事があって。それが散々だったらしい。

「あのブツブツ言っているのは序の口です。そのうちほら…」

と、しろがねが視線を移すと…

いつの間にかおでんをつつくのはやめて今度はほろほろと涙を流している。

体の大きな鳴海兄ちゃんが背中を丸めてほろほろと涙が流れるまま、泣いていた。
正直、しろがねなら絵になるけど、大男の鳴海兄ちゃんのこの絵はちょっと…って、原因は僕なんだけど…

いっそのこと、寝てしまっくれたらいいんですが、ああなってしまうと、と苦笑するしろがね。泣き上戸の一面がある、と分かってからは特にアルコールは注意していたはずなんですが、今日は完全に油断していたみたいですね、ナルミは。としろがねは小さくため息をついた。








後日。

リーゼがしろがねから聞いた話によると。僕達が帰った後もぽろぽろと涙を流す鳴海兄ちゃんを何とかあやして寝かしつけたらしい。そして当の本人は泣いていたそのあたりの記憶はあやふやで。
何で酔っ払うことになったのかも気がついていないようなので、ノンアルコールビールも体質に合わないようだ、ということにしよう、と密かに口裏を合わせることに。

そして僕達はしろがねからくれぐれも今回のナルミの泣き上戸のことは本人の前で言わないように、と口止めされた。

そう、特に僕たちが帰る直前にまるで子供がお母さんにするように抱きついて泣いている姿を目撃してしまった事を。

リーゼは「ナルミさんっテ、甘えんぼうナ所もあるんデスね。」でも、しろがねサン、幸せそうなカオしてましたね、と。うん、僕もそう思ったよ。アルコールで理性の仮面が少し剥がれて、普段は隠している本音が出てきたんだろうな。しろがねの幸せそうな顔を見られたのはいいけれど、鳴海兄ちゃんは見られたくない場面だろうから、これはやっぱりしろがねの言うとおりそっとしておこう。

これ以降、鳴海兄ちゃんはどんなにノンアルコールビールを勧めても絶対口を付けなくなった。炭酸物も自分で開けた物しか飲まないようにしているらしい。グラスに移したものは特に。しろがねは気がついていないようだ、と言っていたけど、あの警戒っぷり、僕が仕掛けたってバレて居るような気がする。

でもなんとなく、すべてが確信犯のような?

実はハメられたのは僕らの方なのかもしれない。鳴海兄ちゃんのほうが一枚上手だったのかも知れないと思う今日この頃。



2011/9/13
後編終了です。結局鳴海が潰れる方向に。
でも全て確信犯で飲んでいるような。

まだまだリハビリしないと。

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