003: おでん <前編> |
つかの間の休日。季節は落葉樹が見事な色に染まる頃。 日本の自宅に戻った鳴海としろがね。しろがねは仲町サーカスにシルカシェンとしてゲスト出演。一方鳴海は、と言うと。 久々の我が家、あちこち点検に余念がない。外回りも重要だけど、最も気になるのは台所。使い慣れた調理器具を点検していく。そしてふと目にとまったのが「土鍋」。 「あー、そういや鍋料理、してないな…」 今くらいの時期から鍋料理はおいしくなる。しろがねは仲町サーカスに行っているし、自分は夜までは特にすることが無い。何かこの土鍋で作ろうと思い立つ。メニューはどうしようか。今晩は勝達も来る予定。みんなでワイワイ食べられる物がいい。飯はおにぎりにしてやろう。中身は梅干、鮭、それから…シンプルなものでいいか。 メインはどうするか。簡単に取り分けられて食べれるもの。個人個人で好きに取って食べられるもの、「おでん」がいいかも知れない。酒のつまみにもなるし。まぁ、俺は飲まないけど。 そうと決まれば行動開始。具材を買いに近所のスーパーへ。大根、にんじん、厚揚げ、焼きちくわ、豆腐、卵、それからそれから。おっと、おにぎりの中身も買わないとな。 見る間にかごがいっぱいになった。 買い残しが無いか確認しながら袋に詰める作業に没頭する。なんとも言えない平和な時間。みんなが帰宅したときの反応が楽しみだ。そんなことを考えながら大きな買い物袋をいくつか提げて家路につく。 家に戻ってからがある意味戦争だった。しろがね達の帰宅までにはまだまだ時間があるとはいえ、下ごしらえ含めやることが結構たくさんあるのだ。鳴海は見た目とは裏腹に器用に食材を調理していった。 その日の晩。22時も過ぎた頃にぎやかな話し声とともにしろがね達が戻ってきた。 「ただいま、ナルミ。お坊ちゃま達も一緒だ。」 「鳴海兄ちゃん、こんばんわ。」 「お邪魔しマス。」 しろがねに続き背後から勝、リーゼと顔を覗かせた。 「お帰り、よく来たな。待ってたぞ。」 久々に見る勝はまたたくましくなったようだ。それでも頭をくしゃっ、と撫でた時のはじけるような笑顔は昔から変わらない。 「鳴海兄ちゃん、くすぐったいよ。今晩のメニューはなに?」 「ん?あぁ、今晩はおでんにしたんだ。力作だぞ。」 そう言うと鍋をセッティングしておいた居間に案内する。テーブルの上に卓上のガスコンロ。その上に土鍋。しろがねとリーゼは土鍋を珍しそうに見つめている。 取り合えず座るように促し、みんなが土鍋を囲うようにスタンバイしたところで土鍋の蓋を開けた。「うわぁ、おいしそう!」とは勝の声。「これはポトフ??」とはしろがねとリーゼ。まぁ、ポトフに見た目は似てなくもないかもしれないけど。 「まぁ、食べてみてくれや。味は出汁と醤油がベース。後は素材自体からうまみが出て時間が無かった割にはいい感じに仕上がったから。」 三人に手始めに大根を取り分けてやる。 「…鳴海兄ちゃん、相変わらずだね。この大根、面取りしてあるし、隠し包丁入ってるし」 「まぁな。きちんと下ごしらえしてやったほうが美味くなるんだよ。こういうものは手間を惜しんじゃいけない。」 和からしもあるぞ、と勝に勧める。 「それから、飯はおにぎりにした。中身は鮭、梅干、おかかだ。足りなかったら追加で握ってやる。」 しろがねとリーゼは勝にならって大根を箸で割り、口に運ぶ。 3人の感想は「おいしい!」だった。よしよし。大根は一度米ぬかで炊いたしな。他の具も自信作だ。 「これはなんだ?」としろがね。その箸がつまんでいるのは巾着。取り合えず食べてみるように促す。パクリ、とかじったしろがね。「ん?」と破れた揚げからはみ出たのは餅。リーゼの方は白滝やにんじん、大根(面取りした分ね、)、枝豆といろいろ入れた巾着。 「これも食べてみてくれ。がんも…いやひろうす、の方がしっくりくるかな。」 と、みんなの皿に追加する。さっそく勝はかぶりついて、「もしかして、これも手作り?」 「ご名答。意外と簡単だからな。中にしのばせる具が選べるから楽しいぞ。今回は銀杏、枝豆、にんじん、ごぼう…後食感が楽しいからレンコンも入れたな。」 そんな俺を見ていたしろがねは。 「ナルミは時間が許せば食に特に熱心だな。」 半分あきれたような雰囲気もあるがしろがねの箸はとまることなくおでんをつついている。リーゼもどんな食材が使われているのか探りながら食べているようだ。一方勝は。 素直に「おいしいよ、鳴海兄ちゃん!ぼく、おかかのおにぎりももう少し食べたい。」と喜んで食べてくれた。 みんながこうして「おいしい」と食べてくれるのが、にっこり笑顔になるのが嬉しくて腕を奮うのかもな。そんなことを考えながら追加のおにぎりを握っていると。 こっそり台所に現れたのはリーゼ。そばによってきて真剣なまなざしで一言。 「鳴海サン、コノおかかのおにぎりの作り方、オシエテクダサイ。」 もじもじしながらも「さっき勝サンが美味しいってイっていたカラ」、とおにぎりなら自分でも作れそうだし、教えて欲しいと言葉は続いた。 別に難しいことは無い。ただ、おかかを具にするとき中心に集めると固まって食べにくい。だから俺は先にご飯に混ぜてしまう。満遍なく混ぜればどこからかじっても味のするおかかのおにぎりが出来上がるって寸法だ。これにチーズの組み合わせも美味いんだぞー、とバリエも伝授。 握り方も教えてやる。少し歪な握りあがりだけど、満足そうにおにぎりをひとつ、皿にのせて運んでいった。 2011/9/9 鳴しろ、マサリゼ。 鳴海はきっと料理上手。長らく中国にいたし、拳法道場では持ち回りで食事当番があったんじゃないかと思ったわけです。まじめで勤勉な鳴海ですから、兄弟子たちが「美味い!」といえば張り切ってまかないやっていたんじゃないでしょうか。 ということで長くなったので後半に続く。 戻る お題へ からくりへ |