28 / 記憶 |
「やっぱり何かポッカリ忘れているような気がするのよね…」 やわらかい日差しの午後。 ちょうど客も引けた店の中。 彼女は俺の淹れた紅茶を飲みながらつぶやいた。 「忘れていること?」 俺も同じく紅茶を飲みながら繰り返す。 「そう。とっても大切なことを忘れているような感じなの。」 彼女は紅茶を一口飲むと、「はぁ…」とため息をついて窓の外に視線を向けた。 「そんなに気になる…?」 俺の問いかけに彼女はくるり、と向き直ると。 「だって。知らないうちに持っていた指輪。とても大切にしまってあった。あなたに出会ったときもそう。初めてとは思えないほどの懐かしさを、昔から知っているような、そんな気持ちになった…」 そういうと上目遣いに俺を見上げ、その目は『あなた、何か知っているんじゃない?』と言っている。 「…前世で恋人だった、とか?」 そう言ったとたん、キッ、と目つきがきつくなり。 「…あなた、何かごまかしているんじゃない?」 明らかに表情が怒ってきている。 「別に無理に思い出す必要はないんじゃないか?」 俺は彼女を抱き寄せた。 「ちょっ…」 びっくりした彼女があわてて離れようとしたけれど。俺はかまわず抱きしめた。 「思い出せない過去より…今、お前の隣に俺が居る、そのことが一等大切。」 表情は見えないけど、多分真っ赤になっているんだろう。髪の間からちらり、と見える耳が赤く染まっていた。 「俺はずっと奈子の傍にいたい。だからお前も俺の傍に居てくれると嬉しい。」 「ずるい…そんなやさしい言い方…何にも言えなくなっちゃう。」 アシャーには敵わないや、と彼女はつぶやく。するり、と俺の腕の中から抜け出すと午後の開店準備を始めた。 俺と彼女がお互いに大切に思っていた事。 母の形見の指輪を託してあった事。 そして。 俺が『アッサムの紅茶王子』だった事は。 全て過去のことであり。 みんなが俺を忘れても。 俺はみんなを忘れない。 だから。 奈子の傍で、同じ時間の流れの中で。 共に生きる事を選んだ。 有限なるこの愛しい時間を。 060219 初・紅茶王子。 アッサム×奈子ですよ〜とうとうやっちまいました。 アッサム心の声です。 |