幻 桜 4
いかないで…

その人といっちゃイヤ…

お願い…

そばにいて…

先生…




















ねぇ、身体が動かないの…

誰?

私を抱き上げているのは。


「サクラ…。」


先生…?

助けに来てくれたの?

ここから連れ出して。


「ごめんね…」


なに?

どうしたの、先生。


瞼に柔らかな感触を感じた。

身体がふわり、と浮いた感じがしたと思うと静かに横たえられて。

先生が離れていくのが解る。

いかないで、って言いたいのに言葉が出ない。

身体も動かないから縋る事も出来ない。


そして声が聞こえる。


ふふっ。彼はあなたの代わりになったのよ?

どうする?


代わり、ってどういう事…?


このまま二度と逢えなくなってもいいの?


二度と…?


そうよ。

それとも想い人じゃないからかまわない?


いや…。

そんなのいや!

だって…


だって、なに?


気づいちゃったんだもん…。


でも、もう遅いわ…彼は私のもの…。



先生の気配がどんどん遠ざかって。

側に行きたいのに動けない。

そして忌まわしく女の声だけが響く。



どのくらいの時間が経ったのだろう。

カカシの気配が完全に途絶えた後、サクラは身体の自由を取り戻した。



「先生!本当は居るんでしょ?出てきて!」

サクラは必死に呼びかけながらカカシの気配が消えた当たりを丹念に探す。

が、気配の欠片すら感じ取れない。

「ねぇ…帰ってきて…先生…。」

サクラの翡翠色の両眼に涙が浮かんでくる。

「こんなことされても嬉しくないよぉ…先生…。」

木の根元に座り込むと、とうとう声を押し殺して泣き出してしまった。

「先生…先生…どうして…?どうしてこんな事に…。」




…ああ、サクラが泣いてる。俺を呼んでる?

…やっぱり一緒にいけないな。サクラが泣いてるから。


聞こえるの?あの子の声が?


…当たり前デショ?なにより大切な娘だもの。

…俺の事を呼んでいるんだ。聞こえない訳がない。


そう…。

聞こえるの…あの子の呼ぶ声が。




「先生…どこ…?ねぇ…隠れてないで出てきて?」

お願い、と涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げてカカシを捜す。

「返して。先生を返して!先生のことが好き。このまま二度と逢えないなんて絶対イヤ!」

サクラは桜の木の幹を拳で思い切り叩く。

「あなたが隠したんでしょう?返して。先生を返して!」

その小さな手から血が滲んできても気にせず桜の木を叩く。


………………。


突然突風が吹き桜の花びらが一気に舞う。

あの時と同じように視界が完全に奪われる。


…イヤ!先生助けて!


サクラはその場にしゃがみこんでしまった。




…サクラが呼んでる。

…俺のことを呼んでる。

…やっぱり離れられない。


あの子の声が聞こえるのね?

間違いないの?

それは本当にあの子?


…間違えるわけない。

…あの呼び声はサクラ。

…大切なあの子が泣いている…


あの子の声が聞こえるの…

なぜ…?

私だって…


本当は。女がそう呟いたと同時にカカシの目に映るは桃色の嵐。

あっ、という間に女の姿はかき消されてしまう。


「な、なんだ?!」


突然の出来事にさすがのカカシも動揺を隠せない。

そんなカカシの耳に不意に飛び込んできた言葉。


…ねぇ。もしも…私が…


そこから後はカカシの耳には届かなかった。

その代わりに唇にしっとりと柔らかな感触と一瞬潤んだ漆黒の瞳と視線が絡んだ。

桃色の嵐は過ぎ去り気がつけば元の桜の木の下にいた。

何事もなかったかのように。


「…ここは元の場所…いったい何が。」

あまりの出来事に唖然とするカカシ。

そのカカシの耳に「先生…。」と聞きなれた声。

ゆっくりと声のする方を見れば其処にはうずくまって泣いているあの子。

可愛らしい手にはうっすらと血が滲んでいる。


「…サクラ……。」


カカシが呟いた言葉にピクリ、とサクラの身体が震える。

そしてゆっくりとこちらを向いた。

「…せん、せい…?」

サクラの元まで歩寄り、目線を合わせる。

どのくらいの間、泣いていたのだろうか。目は真っ赤になっていた。

「もう大丈夫だよ…」

そういってくしゃり、とサクラの髪を撫ぜた。

「ひっく…先生!!」

泣きじゃくりながらサクラはカカシに飛びついた。

もう大丈夫だよ、とサクラをそっと抱きしめた。



「帰ろう、サクラ。」

ようやく泣き止んだサクラを促しカカシは立ち上がる。

「…先生…私、今日みたいなことされても嬉しくないから。」

差し出されたカカシの手を取りながら呟く。

「……。」

それにはカカシは答えず苦笑しただけだった。



…ね、サクラ。

…なによ。

…俺のこと好き、って本当?

……サスケくんも好きよ?

…あ、そうなの…。(がっくり…)

…でもね、先生ともう逢えないと思ったら涙が止まらなかった。

その言葉にカカシは微笑みを浮かべ、サクラに聞こえないように囁いた。


…ずっと、待ってるよ…可能性がある間は、ね…。






010604

幻桜<4>終了。
とりあえず謎な事は謎のままに終了。

しかし。
リベンジです、リベンジ。
結局書ききれなかったことも沢山あるので。
なんとかその場を持ちたいですね。

時間があれば…

…イヤ、その前に書かねばならない物が。げふっ…

それでは次回作でお会いしましょう!