ありがとう。 |
ずっと叶わないと思っていた。 いつかたった一人で朽ちてゆくのだと… だから。 こんな日々が来るとは思ったことすらなかった。 「人生」ってそう捨てたもんじゃないんだな。 この幸せを与えてくれたキミに… ありったけの感謝の気持ちを込めて。 最近あいつの様子がおかしい。 いつも楽しそうにしているから見逃してしまいそうになるけど、 ときどき深いため息をついているのを知っている。 俺に気づかれていないと思っているのだろうか? なにがおまえにため息をつかせているのか。 独りで悩まないで欲しい。 どうか。 俺にもその悩みを分けて欲しい。 おまえが俺にしてくれたように。 「なぁ。最近元気がないぞ。なんか俺に隠し事してないか?」 流しで後片付けをしているあいつに思い切って切り出した。 「え?あ、はい、い、いえ、そうではなく…」 明らかに動揺している。 やっぱりなにか隠してる。 何を隠しているかが問題だ。 「なにがそうじゃない、なんだ?俺には言えないことか?」 あくまでも冷静に、冷静に。 絶対怒鳴っちゃいけない。 じゃないと聞き出すどころか口をつぐんでしまう。 あまつさえおまけで嫌なヤツの鉄拳が飛んできそうだ。 「本当に何でもないのです…」 と言ってる矢先に「ふぅ…」と物憂げにため息をつく。 なんでもないわけが無い。 なにがお前をそんなに悩ませる? 「なぁ…透。本当に何でもないのか?最近変だぞ。」 「そんなに変でしょうか?」 両手を泡だらけにしたまま不安げな表情で振り向く。 「何が不安なんだ?俺じゃ相談相手にもならないか?なぁ。」 俺は立ち上がり透の横に立ち食器洗いを始める。 「あっ!夾くん、私がやります!座っててください!」 慌てて俺からスポンジを取り返そうとした。 「いいって。お前こそ座ってな。これくらいならすぐ終るから。」 「…すみません…夾くんにやらせてしまって…。」 「ん…たまにはな。透にやらせっぱなしだし。」 「いいえ、いいのです。それが私の仕事ですし…。」 …そうじゃないんだけどな。 どっちにしても様子がおかしいのは確かな事。 「な。ここは俺がやるから、コーヒー淹れてくれないか。」 そう言ったとたん透の顔に明るさが戻り、 「はいっ!」 と元気よく準備を始めた。 …やれやれ。 これは原因を聞き出すのに骨が折れそうだ。 やがてコーヒーのいい匂いが流れてきた。 俺が残りの洗い物を片付けてリビングに行くと、 そこにはすでにカップが二つ用意されていた。 「夾くんはお砂糖なしでミルクたっぷりですね。」 どうぞ、と目の前にだされたカップにはミルクたっぷりの淹れたてコーヒーが入っている。 透のカップには砂糖とミルクがたっぷり入ったコーヒー。 二人ソファに並んで腰掛ける。 「「……」」 無言でカップのコーヒーを啜る。 「あの…」 「なぁ…」 二人同時にハモる。 思わず視線がぶつかりどちらとなく笑いが漏れてくる。 「透姫。レディーファースト。先にどうぞ。」 少しおどけて言う。 くすっ、と透は笑うとゆっくりと言葉と紡ぎだした。 …驚かないでくださいね。 …うん? …私、「お母さん」になりました。 …えっ?! …ですから、夾くんは「お父さん」、ですね。 …いまなんて。なんて言った? …私達、「お父さん」と「お母さん」になるんですよ。 信じられないような現実。 「ほ、本当か?!嘘じゃないよな、本当だよな!」 いつかは訪れるとは思っていたがビックリしたのには違いない。 「本当です。今日、病院に行ってきましたから。」 そして目の前に差し出される「母子手帳」と印刷されたモノ。 「最近元気がなかったのはそのせいだったのか?」 「ハイ。夾くんに余計な心配を掛けたくなかったのです。ですから今日まで黙っていました。」 そっと透のお腹を触ってみる。 そこに新しい命が宿ってる。 俺と透の。 新しい家族が増える。 言い知れぬ悦び。 それと同時に訪れる不安。 「…俺、父親になれるだろうか。」 ふと漏らした心からの不安。 「大丈夫ですよ。夾くんは。だって、お師匠さんにたくさん愛されてきたじゃないですか。」 ですから大丈夫です、と微笑む透。 「それに夾くんは私をたくさん愛してくれてるじゃないですか。」 …それはこっちの台詞だろ? おもわず苦笑がもれる。 本当にコイツには敵わない。 いつも欲しい言葉を、 欲しい気持ちを与えてくれて。 そして今。 「なぁ…。」 「はい?」 「今度の休みにおまえのお袋さんに報告に行かなきゃな…」 「はい!」 そして新しい家族が増えるのはもう少し後の話。 010821 ベタな、本当にベタなお話。 久々にフルバで夾透な話を書きました。7巻発売と連載再開の記念でしょうか。 こうして見ると、なんだかんだ言いつつもとてもフルバが好きだったんだと思い知ったり。 久々に書いてとても楽しかったです。 |